芍薬奇譚 ~枯らすまじ芍薬(完)~

ふみの縁側茶話会

以前にアップした「枯らすまじ芍薬(しゃくやく)」のブログの内容は、私がカタログ注文で芍薬を購入したことが始まりです。秋、ひげ根のような状態の芍薬が一つ届き、それを私が植えてから冬を経て無事に花を咲かせられるのか、とても不安だったので植物に詳しい父ちゃんに花を咲かせてもらえるように一時的に預けた…というものでした。

「キレイな芍薬の花を母ちゃんに供えたくて買ってはみたんだけど。私だとすぐ枯らせてしまうかも知れないから、ちょっと咲くまで面倒を見てくれないかなぁ?」と言うと父ちゃんは、「なんていう花や?」と尋ねてきました。「ソルベット。変わり芍薬ソルベット。」というと、聞いたことないなぁ、どんな花が咲くんやろ、と言いつつも快く引き受けてくれました。初めて耳にした芍薬の名前、そしてその花に父ちゃんも興味があるようでした。

それから半年ほどが過ぎ、今年の4月末、父ちゃんの住む家へ私が訪ねて行った時に芍薬を見てみると芍薬はプリッとした真ん丸のツボミを付けていました。

もうそろそろ咲くだろうな、ということは分かります。

ただ、この状態から一番の見頃となるまでには、どれくらいの時間(日数)を要するのかは微妙に判りません。一か月はかからないとは思うけど、じゃあ明日か?というとそうでもなさそう…。父ちゃんに訊いても、もうそろそろやろうなぁ、という返事。

花が咲く時期について気にはなりながらも、結局は父ちゃんに芍薬を預けたまま、この日は父ちゃん宅から100キロ離れた自分の家へと帰りました。

それから10日ほどが経った5月の半ば、夜の11時頃に父ちゃんから着信。

私は普段から帰宅時間が遅いので、夜の11時というとだいたいは晩御飯を食べているか、もしくは食べ終わったかぐらいの頃です。

しかしながら長年、畑仕事をしてきた父ちゃんには夜の11時は夢の世界にいるハズ。畑の作物の収穫や出荷準備の為に、かつての父ちゃんは毎朝3時起き、夜の7時には布団に入るのが習慣になっていたのです(→多分、イマドキの子供たちより父ちゃんの就寝時刻はうんと早いと思います★)。

最近ではもう畑をやめているので、野菜を作るといっても自分が食べるほんの少しだけ。なので朝の3時など超早起きをする必要はないのですが、やはり長年の習慣は健在なのでしょうね。日没就寝、夜明け前起床といった生活パターンは続いているようです。

なので夜の11時に父ちゃんから電話が掛かってくるとは、よほどの何かが起こったに違いない!!…ひょっとして父ちゃんの具合が悪くなった??

いつもなら父ちゃんが寝ているハズの時間に掛かってきた電話、それはかなり緊急性が高いように思えます。ですが、そもそも御年80歳の父ちゃんは携帯電話(スマートフォン)の基本操作もロクに出来ません。スマートフォンのホーム画面から電話の画面に変えることだけでも難儀。掛かってきた電話をとることも電話を掛けることも父ちゃんには物凄くハードルが高い機械操作なのです。なので「メール」や「インターネット」なんてものも父ちゃんの日常には全く無縁の機能なのです。父ちゃんいわく「電話はなぁ、電話が出来たらそれでええねん。」(いや、あの、父ちゃん、言ってることは分かるけど、その電話の発着信でさえ覚束ないのでは?)

ともかくも、電話に出よう!電話の向こうはひょっとしたら父ちゃんではない人で、父ちゃんの代理で掛けてきている可能性もゼロではないけれど…。

「もしもし。」と私。

すると父ちゃんが開口一番、「ワシやー、ワシ、ワシ。」

…まさか「ワシワシ詐欺?」(ワシワシ詐欺、なんてあるのか?と思いつつ、父ちゃんのテンションの高さに訝る私) 

「お前がなぁ、置いてった芍薬なぁ、今、便所のついでに見たらのう、すごい綺麗に咲いとるんじゃぁ。今度お前がこっちに来る時まで花はもたんと思うけど。」

…それって、見頃の花を早く見に来い、って言葉通りの話ではなく、芍薬の開花を理由に父ちゃんの元に早く駆け付けてくれってこと?本当はどこか具合でも悪いのでは?

すかさず、「と、父ちゃん、なんでこんな時間に芍薬を見てんの?いつもなら絶対に寝てるやん?」と切り返す私。

「そうやぁ、いつもなら寝とるよってに気が付かんだろうけんど、たまたまションベンに起きてなぁ、ふと裏庭の方を見たら咲いとるから一言お前にゆうとかなぁと思ってなぁ。」

「あぁ、そうなんや。わざわざありがとう。花の時期に間に合うかどうか分からへんけど、なるべく早めにそっちに行くわー。」と私。

「わかった。じゃあな、おやすみ。」と言って父ちゃんは電話を切りました。

夢かうつつか、私は気が気ではありませんでした。このところの父ちゃんは免許返納をはじめ、断捨離というか終活っぷりが半端ないのです。ちゃんと私たちが棲むこちらの世界から電話をしていたのでしょうか。

夜の11時過ぎに芍薬の開花について話をした、その翌朝の6時、私は父ちゃんへ電話をしました。

父ちゃんが操作を間違えずに無事に電話に出てくれますように、と私は祈るような気持ちになっていました。

「おぉ、どないしたんや。」と父ちゃん。(出た!出た!!良かった☆)

「昨日晩、芍薬が咲いたって電話くれてたやん?」と私。

「そーかぁ?ワシ、電話したけえのう?覚えてないわぁ、寝ぼけとったかのう…。」(えぇ~?!)

「覚えてないんや。でも花が咲いている間に合うなら芍薬も見たいし母ちゃんに供えたいから、早めにそっちに行くようにするわ。」

「わかった。気ぃつけてのう。」

このような会話のあと10日ほどして私は父ちゃんのところへ行きました。ですが残念ながら芍薬の花は散ってしまっていました。すると、父ちゃんがスマートフォンを操作しながらこう言うのです。

「芍薬の花なぁ、きれいやったからお前に見せたろうと写真に撮ったと思うんやがなぁ、どこいったかなぁ…。」

「えー?、父ちゃんスマホのカメラとか使えるん?いつからそんなんできるようになったん?すごいやん!」

「ちゃんと撮れとるかは分からんけど多分、写真には残っとるんちゃうかなぁ。ワシもカメラなんか初めてやからのぅ、どこ押さえてええか全然分からんかったわな(笑)」

…父ちゃんの使っているスマートフォンは私が使っているものと機種が違うし、私自身通信機器には疎いので、父ちゃんのスマートフォンを受け取っても写真が収まっているフォルダーまではすんなりと辿り着けませんでした。

しかしながら、色々操作を試みるに父ちゃんのスマートフォンには本当に芍薬の画像がありました。

父ちゃんは、スマートフォン初心者のビギナーズラックの効果を駆使し、慣れない手つきでカメラ機能の画面を呼び出し、そして無事にシャッターを切り、偶然に近い確率でレンズに収めた芍薬をそのまま保存していました。

データ移行ではなく父ちゃんのスマホ画面を撮影したのでテカってしまいました

こうして、父ちゃんに預けていた「変わり芍薬・ソルベット」は母ちゃんには供えられなかったものの淡いピンクとクリーム色をした美しい花を無事に咲かせてくれました。

しかしながら、私にしてみれば開花を知らせるために父ちゃんが掛けてきた夜中の電話や、基本のスマートフォン操作も出来ない父ちゃんが初めてカメラ機能を使ってみようと思い立ち、芍薬の撮影ができたことは本当に父ちゃん一人でやったことなのかなと、半信半疑の思いです。 

そもそも父ちゃんは私に夜中に電話を掛けてきたことも覚えていなかったのです。特に話の内容におかしなところはなかったし、会話のやり取りも不自然ではなかったので寝ぼけていたとは考えづらいのです。

花が咲いたら母ちゃんに供えてあげたい、と娘の期待を背負っていた芍薬。そして、珍しい花見たさの父ちゃんの好奇心も加味され、芍薬の方も私たち父娘の思いに不思議な力で応えてくれたような気がするのです。父ちゃんを介して…。 

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