中国琵琶から連想~歴史タラレバ~

中国琵琶

最近、感染力が強いとされるオミクロン株により全国でコロナウィルス感染者増加が深刻になってきています。

つい数週間前までは感染者も減少の一途で、このまま終息かとその時を心待ちにしていたのに…。

そう、「やっとコロナともおさらば!!」と期待が持てるほど感染者が激減していた頃、私は久しぶりに演奏会に行ってきました。

実は私、20年以上楽団に携わっていて演奏会の自主開催を企画したり、また知り合いの演奏会を聴きに行くというのは私の中では特に珍しい事ではなかったのですが、ここ数年はコロナの影響もあり疎遠になっていました。

ちなみに今回、招待いただいた演奏会は奏者と観客の表情も互いによく見える距離感が快い、上品なサロンコンサートでした。(当然、コロナウィルス感染予防対策は細やかに配慮、徹底されていました)

演目のメインは「中国琵琶」という楽器の器楽演奏で、お初にお目にかかる楽器そして初めて間近で耳にする音色に私はワクワクしていました。どちらかというと私自身、弦楽器にはあまり縁がないのですが、珍しい楽器の生演奏を聴ける貴重な機会に感謝の気持ちの方が勝っていました。

さて、いよいよコンサート開始時間。

中国琵琶を初めて拝むことに。

フレット(音の節目)が31もある中国琵琶(※日本の琵琶はおおむね4)を軽快に奏でる超絶技巧を感嘆するにとどまらず、奏者の華やかな絹の衣装も中国琵琶の雰囲気に合っていて、耳も目も充分に楽しませていただきました♪

音の説明を文字だけで表現するのは難しいですが……、

中国琵琶の音がどんな感じかと言いますと(私の独断的な部分もありますが)、一言でいうと非常に明るく、お祭りやお祝いなどの晴れの場面にはまさにピッタリの音色。奏法としては三味線のように扇状の撥(バチ)を使用する日本の琵琶とは異なり、中国琵琶はお琴を弾く時に使う付け爪を5本の指に装着し弦を鳴らすので速くて細やかな音の動きが可能です。その為、伸ばす音の処理にトレモロ※が多用され、結果的に鮮やかな感じが増すのかも知れません。

日本の一般的な琵琶

※トレモロとは…簡単に言いますと「ドーーー」と演奏するところを「ドレドレドレドレ…」と、隣の音と素早く交互に混ぜて演奏する手法です。例えば、演歌でよく耳にするビブラートに、さらに大げさに音程差をつけるとトレモロに近いかも知れませんね。

そう、中国琵琶は日本の琵琶とは若干異なり、音色はお琴寄りですがトレモロの多用などから全体的には大正琴に近い印象を受けました。 

ちなみに琵琶が中国から日本にやってきたのは奈良時代の始めです。

ではさらに時をさかのぼり、琵琶が中国でどのように誕生したのかと言いますと(諸説あろうかとは思いますが…)、一説には万里の長城建設中。時代は紀元前217年。長城の建設作業員たちが休憩時に、手でたたく鼓(つづみ)を改造し、弦をつけて弾いたのが最古の琵琶といわれています。ひょっとすると、今で言うところのワークソング(単調な作業から気を紛らわせ、士気を鼓舞する為に歌う作業歌)の拍子とりに琵琶がひと役かっていたかも知れませんね。 

そして、中国からやってきた琵琶は日本でもワークソングとして……、という活躍にはならず、「耳なし芳一」の話でも有名な平家物語などの「語り」の伴奏には欠かせないとても重要な楽器として扱われるようになりました。ちなみに、平家物語を琵琶の伴奏で語る芸能を平曲(へいきょく)または平家(へいけ)といい、その際、琵琶法師が用いる琵琶のことを「平家琵琶」と言います。

耳なし芳一の大まかなあらすじ…「盲目の琵琶法師、芳一が吟じる平家物語が非常に長けているとの噂が平家の亡霊にまで届き、芳一は相手が亡霊とは気づくこともなく平家の亡霊に頼まれるまま平家物語のうちの壇ノ浦の合戦を琵琶と共に亡霊相手に語ります。亡霊に魅入られた芳一を案じた和尚さんが、再び亡霊に惑わされぬようにと芳一の体中にお経を書きますが、耳にだけお経を書くのを忘れたため気の毒にも芳一は亡霊に耳を引きちぎられてしまいます。その後、芳一の琵琶の噂はますます広がり、芳一はいつしか耳なし芳一とよばれるようになりました」

耳なし芳一が吟じていた「平家物語」ですが、学生時代に国語もしくは古典の授業で、冒頭部(祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、、、)の暗記をするように、と先生に言われた方は少なからずあると思うのですが、この平家物語は作者が不詳だということを私は知りませんでした。(国語の先生に、何を言う~!作者不詳ってちゃんと教えただろうがー!ってお叱りを受けるかもですが、、先生ゴメンナサイ)

 そして、平家物語は文字で広まった物語ではなく琵琶法師によって語り継がれ、今に至っていることも今回はじめて知ったフミなのでありました。

中国から渡ってきた琵琶は日本の文化に沿った工夫や改良がなされ、長い時を経て民族楽器としての価値にとどまらず、「平家物語」などの「語り」というジャンルを確立し、優れた作品を後世に残した立役者であったことはゆるぎのない事実といえるでしょう。

軽快で華やかな中国琵琶の演奏を聴く一方、月夜にたなびく雲といった幽玄な背景が似合いそうな日本の琵琶は中国琵琶とは奏法だけではなく音色そのものも真逆だな、と思いつつ、、、、

もしも日本にやってきた琵琶が日本の文化に融合することなく中国琵琶のように華やかさを最大の魅力とする楽器のままであったならば、耳なし芳一の話の中で、「平家物語を吟ぜよ。」と芳一に命じた亡霊たちは物語の悲しみに涙を流すどころか、その琵琶の音の明るさに舞いを舞っていたかもしれません。また、そもそも語りとしての琵琶には使われなかったかも知れず、そうなると現代の世に「平家物語」は残らなかったかもしれません。

全ては歴史の「たられば」の話ですけどね。

              

           

     

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