仕事中、田園風景のど真ん中を車で走ることがあります。
数か月前、夏も盛りの頃のことでした。
澄み渡る青空にまぶしいくらいの入道雲の白、一面に広がる稲の緑が色彩的にとても美しく、
もう少しこの風景を見ていたい…そんな思いからか無意識にアクセルもゆるんでいたと思います。
少し減速の状態で走行しているとフロントガラスの先に黒い石が見えました。
このままだと左のタイヤで踏みつけてしまいそうなので心持ちハンドルを右に切りました。
そして、直進していくとその黒い石がだんだん近づき車内からでも形状がさらによく見えるようになります。
なんと黒い石には手足がありました。
田畑の間の農道といえどもアスファルトで舗装された灼熱の道の上を、
手のひらサイズの黒いカメが歩いていたのです。
どこに行くつもりなのか、あるいはどこに帰るつもりなのかは勿論わたしには分からないし、
カメ自身も分かっていないのかも知れません。
ただ、カメが歩いている方向のその先には川らしい川もなく、このまま延々歩いていても
カラスに突かれたり、車に轢かれたり、水場に戻れないまま干からびたり…
カメにとっては全く好ましくない近未来が予想されたので、私は慌てて車を止めカメの傍に急ぎました。
カメを拾って川や水辺に連れて行き放してあげるつもりでいたのです。
人助けならぬカメ助けです。
助けるカメが在来種をおびやかしている外来種のミシシッピアカミミガメとかじゃなければよいのにな、と
思いながら…。
カメを拾い上げて対面すると、幸いミシシッピアカミミガメではなかったのでカメ助けには躊躇することもなく、
川幅が5メートルほどのあまり大きくはない川に黒いカメを放つことにしました。
川には同じような大きさのカメが沢山いて、炎天の下、本当に気持ちよさそうに泳いでいるのが見えました。
「散歩もいいけど今度は迷子にならないようにね。」
川に逃がす前に、ひとこと言ってカメの顔を見てみると、口角が上がったままで目を閉じているそのカメの表情は、
まるで満面の笑みを浮かべているかのようでした。小さな子供のようにあどけなくてとても可愛いかったのです。
カメがこんな顔をするなんて、と私には驚きでした。
「じゃあね、元気でね。」
川に入るとまさに水を得た魚(カメ)は、仲間?のカメたちの方へスイスイと素早く泳いで行ってしまいました。
不思議なことに仲間のカメたちは川から顔を出していて、仲間の方へ泳いでくるカメを出迎えている風にも見えました。
そして、どのカメたちも似たような体躯で、また、笑っているかのように愛らしかったので、
そのうち、どのカメが助けたカメなのか分からなくなってきました。
ともかくも、カメの様子に安心した私は急いで車へと戻りました。
助けたカメの嬉しそうな表情からして、浦島太郎みたいに私はカメからお礼をされるかも知れないな、と思いつつ…。
そうして、夏が過ぎ、秋になり、今年も終わりに近づいてきました。
助けたカメは無事かなぁ…。ちゃんと元気に過ごしてくれてたら嬉しいんですけどね。
ひと昔前とは違い近頃では暖冬が当然ですが、やはり野生のカメ達は冬は冬眠するものが殆どではないかと思います。
まぁ、冬眠するしない、は地域にもよるのかも知れませんが、多くのカメ達は今、冬眠支度の時期でしょうね。
となると、カメの恩返しは来年へ繰り越し?…ということになりそうです。
お礼と言っても、浦島太郎のように土産としてもらった箱を開けるといきなり老人になってしまったら困るし、
願わくば、助けたカメの元気な姿と、あの可愛らしい笑みを偶然でも再び見ることができたら…それで充分★
いつか叶うといいのにな。
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