恐怖の口紅 

ふみの縁側茶話会

気温も下がってくると、お肌の乾燥が気になる方も多いのではないでしょうか。

私が中高生の頃、冬になればクラスの女子の殆どがリップクリームを制服の胸ポケットにしのばせていました。そして休み時間になると唇に塗り塗り♪…。 

私もみんなと同じようにリップクリームを持ってはいましたが、私の場合、頑丈な唇だったのか唇が荒れることもなく、そもそもリップをまめに塗ることも面倒だったので、本当のところ私には冬の乾燥時期であれリップクリームは必要ありませんでした。

ただ、当時の私には、リップクリームはお肌や唇の状態にも気を使い、身だしなみもきちんとしている女子の象徴。持っていないことがかえって恥ずかしいようなそんな思いでいましたので、言ってみれば殆ど使いもしないリップクリームは、私の中では実用より体裁を気にする為だけの冬の必需品だったかも知れません。 

ちなみに、昭和のひと昔前といえば現在の様にコンビニエンスストアーで、深夜にでも買い物ができる便利な時代ではありませんでしたが、街道に沿って建っていた私の家の周りはお店ばかりで大概の買い物は徒歩圏内でした。リップクリームを買うのに必要な薬局も道路向かいの5軒先という近さだったのです。

そのように周囲はお店ばかりでしたので、地区ごとの自治会は商店街の組合のような一端も担っていたのかもしれません。忘年会や新年会、慰労会など様々に地域住民が集まる機会があり、「寄り合い」といって大勢が参加していたようです。私の両親も地元民ではなくよそから引っ越してきたいわば新参者ではありましたが、そのような寄り合いに出席することもあったようです。  

  

 

ちょうど今の様に寒い時期のことなのですが。

外出から帰宅し、「ただいま。」と玄関を開けた私は、一瞬で凍り付きました。 

「おかえり。」そう言って私を見た声の主は、化かされたのか、化けたのか、何かに変化していた父でした。…父は白いタオルの頬かむりをして、真っ赤な口紅をひいた顔をこちらに向けていました。      

こんな感じ…(涙)

絶対に見てはならないモノを見たような気がして、また、「何故そのような格好をしているのか」と尋ねるには、もう少し自分の心の動揺を鎮める時間が必要で、私はただただしばらくの間、玄関に立ったまま、父を見ることも部屋に入ることもできないでいました。

なお、父は家の中をウロウロしている様子でした。

父が奥の部屋に移ったあと、母は私が玄関にいることに気づいたようで、どうして家の中に入らないのかと訊いてきました。私は今さっき見た父の妙な格好とその理由について母に訊き返します。

「なんなん、あの父ちゃんの口紅は。あれ、母ちゃんの口紅じゃないの?しかも頬かむりまでして。これから何をするつもり?玄関開けていきなりあの姿はないで。」…傍に父がいないことを確認し、私は一気にまくしたてました。 

「お父さん、今日、寄り合い(自治会の人たちで集まって飲食)に行くねんて。でも唇が荒れてるから口紅を貸してくれって言うてきたんよ。頬かむりは、髪の毛が跳ねてるからタオルで押さえつけてるんやって。」

「母ちゃん、あのさぁ、世の中には荒れた唇に塗る薬用のリップクリームあるやん。薬局にも売ってるし。ガサガサになってる口に口紅なんか塗ったら酷くなるかもやし、口紅もちゃんと落ちひんのんちゃうの?」

「そんなん言うても知らんやん。貸してくれって言うてくるんやもん。」と母。

(私に言ってくれたら持ってるだけで全然使わない自分のリップクリームをあげたのに…。) 

そして、その日の寄り合いには、ちゃんと父は口紅を落としきって行けたのか等、私には一切記憶もないのですが、どうだったんでしょうねぇ。 

今はもうあの時から実に30年以上も経ちました。

私の帰宅直後、口紅を塗った頬かむりスタイルの父がいきなり現れたこと。当時の私がどれほど恐怖を覚えたのかを話したとしても、きっと父の方はそんなこと露ほども覚えていない気がします。 

しかしながら、今すぐに父に必要がなくても今度会った時には父にリップクリームをプレゼントしようかなと思っています。

現在、80歳の父は30年前のあの時から唇のケアの必要がなく、またリップクリームの存在を知らないまま、ひょっとしたら「唇が荒れたら口紅を塗っとけばいい」などと思い続けているかもしれませんし。

ただ、父ちゃんがリップクリームではなく色のついた口紅を塗ってみたいと密かに思っているならば、話はちょっと違ってきますけどね☆   

  

コメント

タイトルとURLをコピーしました