虫の鳴き声、笑い声

ふみの縁側茶話会

ある時の食事中に偶然観ていた番組で、こんな場面がありました。

昆虫嫌いな若いアイドル(男)を虫捕りに同行させ、虫を嫌がって走って逃げるアイドル。笑い声であふれる会場。流れたのは「最近の若い男性は四人に一人が昆虫をさわることができないというデータがあります。」というナレーション。 

若い男性の25%が虫をさわれないというデータはどんな実験から導き出された数字なのだろうとか、そもそも虫にさわれる、さわれないとはそんなに視聴者に関心のあることなのだろうか…、たまたま流れていたテレビ番組ながらも私の中で次々と疑問が湧いてきました。

というのも近年、田畑を含め昆虫の棲み処となる場所が減少し続けており、こんな状況では虫をさわるどころか虫を見かける機会すら減っているのは分かりきったこと。それなのに、番組内に流れる雰囲気は、まるで「イマドキの子は虫を触ることもできない」と男性アイドルを笑いのネタにしたいように感じられたのです。でも、正直なところ私には笑えない気がしました。彼を笑えるのはいったい誰なんだろう…、とも思いました。

なぜなら、人の都合で自然が減っていくなど昆虫の棲む環境が狭まる決定を下したのは大人(社会)であって、結果として虫に触れられなくなったとしても、それは男性アイドルのせいではないでしょう。

また、そもそもの話、虫を「さわれない」のではなく、さわろうとすればさわれるのだけど「さわりたくない」という選択肢も本来ならばあるはずなのに、それがバラエティ番組として許されない暗黙かつ強制的な空気も、(わたしの中では)笑えないと感じた理由でした。 

ちなみに、今より30~40年昔、私が住んでいた地域では田畑やあぜ、あぜの周囲を流れる水路も豊かで昆虫や小動物が多様に生息していました。

私の親が兼業農家だったこともあり、私の主な遊び場は物心つく頃から田畑やその周辺でした。父が会社に行っている間は母が畑作業をしていて、その間、私は畑の付近で一人で遊んでいました。私が毎日通っていたのは保育所ではなく畑でした。そのような私にとって、昆虫はお友達だったのかもしれません。

なお、畑で感じる四季は今思い出しても退屈とは無縁でした。春は沢山の花が咲くので花を摘んだり冠や首飾り作りに夢中になりました。

虫や小動物も暖かくなると少しずつ顔を出し始めるので嬉しかったのを覚えています。

それらの生き物も夏になると多くがまさに青春、といった感じで、生きていることを謳歌するようにとても活発になりました。また、水田や水路で蛍がみられるのも特に珍しい事ではなく、その光の美しさには子供ながら儚さをも感じていたような気がします。日暮れが早まると同時に虫たちの鳴き声で実感する秋。実りの多い季節でもありますが、生き物にとっては世代交代、または冬眠準備の時期。見かける虫の種類はぐんと減ってきます。

いよいよ寒くなってからは畑の周りで遊んでいた記憶も乏しいのですが、父のお手製のビニールハウスの中で堆肥作りの際、集めた落ち葉や腐葉土の中からコロコロとした何かの幼虫やオケラなどが出てくるので、次は何が出てくるのかとワクワクした気分だったのを覚えています。       

そのようにして、私は特に何かの玩具を畑に持って行くこともなく、畑の周辺に生えている草花や、昆虫を相手に遊ぶ毎日だったのですが、ある時、粘土を持って行ったことがありました。

それは、家から持参したのではなく、たまたま畑に向かう道中、母の友人に出会い、小さい子供向けのカラフルな粘土をもらったからでした。

初めての粘土遊びに嬉々としていることは勿論のこと、またその粘土の色の美しさに心ウキウキの私は畑のあぜに座り込み、粘土をこね、何かを作ってはつぶし、また別のものを作り直す…延々とそれを繰り返していました。この日ばかりはお花も虫も眼中にありませんでした。

なので、母が私を呼んでいるのにも気づかずにいたのです。

私が無反応なので母の声はだんだんと大きくなります。

ある瞬間、自分の名前を呼ぶ大きな声にビクッとなった私は、そのままあぜの真下にある水路に落っこちてしまいました。握っていた粘土と共に…。

幸い水路はコンクリートのような硬い材質ではなく自然の土だけで出来ていましたし、流れる水量も知れていました。泥がクッションとなってくれていたおかげで、私は擦り傷のひとつもありませんでした。

ただ、あんなに喜んで遊んでいたカラフルな粘土は、一瞬で泥まみれになってしまいました。「粘土」からただの「土」になっていました。しかも粘土だけでなく私の顔も服も全てが泥まみれ。私は悲しくて悲しくて涙が込みあがってくるのを感じていました。そんな私を少し離れたところにいた母は大笑いしています。

(そこまで大笑いするなんて!…なんで笑ってるの!?)…不思議なことに母の大笑いに驚いてしまったせいか、込みあがっていた私の涙は瞳に届かず全て鼻水に変わってしまいました。母の笑いがなかなか止まらなかったのは、私の泥まみれ顔の真ん中らへんの二つの穴から、まるで泥をすすぐかのように鼻水が垂れるさまが見えたからかも知れません。

ただ、あの時、大笑いしていたのは母だけではなかったんじゃないかな、という気もしています。

「俺たちと遊ばなかったからそんな目にあったんだよ、どんくさいったらありゃしない!」そう言って畑のお友達(バッタやカエルやザリガニ等々多くの昆虫や小動物)も笑っていたようにも思えるのです。

そんなこんなで、最近では冒頭にあったような、虫にふれることのできない男性アイドルの事も、自然を壊し続けている人間の事も、かつての友達は遠い草むらの陰できっと笑っていることでしょうね、鳴くばかりではなく…。 

  

      

  

    

  

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